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私のライフワーク~その2(専門学校&初めての整骨院編)~

2014/06/04

クイックマッサージのお店で働き、何となくマッサージの基礎が解りました。
単に商売としてならそこそこの技術があれば後は集客が出来る場所と雰囲気のある店作り、そしてスタッフをどう廻すかを考えれば大丈夫だと解りましたが、やはりもっと突き詰めたいと思ったんですね。

それにはやはり国家資格を取ってきちんと勉強せねばと思いました。
しかし今となればこの国家資格と言うものが実は一番足枷になっていると思うんですよね。

先ず学校にと思いましたが、3年間で500万近く掛かるのでとりあえず断念。
数年間働いた後、やはり専門学校に通う事にしました。

国家資格としては私が希望とするものはあんまマッサージ師というものと柔道整復師、そして鍼灸師の3種類が該当します。

その中で一番解りやすいのはあんまマッサージ師ですが、この資格は取りにくいんです。
と言うのも規制が緩和され鍼灸師や柔道整復師の資格を取るための学校は増えたけれど、あんまマッサージ師に関しては全盲の方の職業確保もあるので昔からの伝統校でしか資格が取れないのです。

私が専門学校に通うと決めたのが1月だったので、この時点で行く事が出来たのは2校だけで学科は柔整か鍼灸でした。

そこで柔整か鍼灸のどちらに行くかを決めなければいけませんでした。

柔整は俗に言う昔の「ほねつぎ」と呼ばれる整骨院を開業し自分で保険診療が出来る資格です。

鍼灸は鍼灸院を開業は出来ますが、基本保険ではなく実費で治療します。
ただ組合に入り医師の診断書を貰えば保険請求は出来ますけどね。

なので柔整を取る人のほうが多い。
私の場合はどちらか1つだけを取るしか無かったのです。

どちらにしようか迷った挙句、母の一言で決断しました。

「私がまだ40くらいの頃、肩が挙がらなくて困った時に鍼をして治った事がある。
人を治すことが出来るのは柔整よりも鍼灸なんじゃない」でした。

それまで鍼というものをした事がなかった私でしたが、これで鍼灸学科に行く事にしたのです。

そして3年間鍼灸学科の夜間部で勉強しました。
夕方6時半から9時40分まで2コマの授業を家から1時間ちょっと掛かる十三に通ったのです。

ここで初めて鍼などを体験しました。
でもここで受けた鍼は学生同士だった事もあり、「効く」と言う経験は数える位(この人のは効く)でした。

そして専門学校でマッサージも勉強するんじゃないかって思うでしょうが 、基本マッサージは資格を取る上で必要な科目ではないのです。

一応手技療法という授業で半年だけ基礎だけを教わった程度なのです。
なので大抵は整骨院などで勤務する時に覚えるのです。

3年間専門学校に通った訳ですが大変でしたね~

何が大変かって言うと元々理系科目が苦手だった私が記憶力がだんだん悪くなるアラフォーの時期にそういう勉強をするって事が先ず大変でした。

絶対的に勉強時間が足りていたかと言うと足りていなかったかもしれませんが、覚えたはずなのに次々に忘れていくんです。

更に来年は国家試験だと言う最後の追い込みである夏に親父が倒れ入院。
3週間程帰省しましたが、父はそのまま亡くなりました。

そして次の年に試験を受けましたが敢え無く不合格。
敗因は絶対的に解剖学が苦手だったのが一番でした。

東洋医学や臨床関係は比較的得意だったのですが、解剖や生理学などが苦手だった為、得点が伸びなかったのです。

専門学校の3年間はあえて整骨院などで働きませんでしたが、卒業したので働く事にしました。

就職活動をして決まったのが高石にある整骨院でした。

面接を受けオーナーにマッサージをしたらクイックをやっていたのでマッサージは出来ると言う事で採用されたのです。
高石の整骨院は2号店で大阪市住之江に本店がありました。

私が入った時は警察官上がりの考え方が硬すぎる50代後半の柔整師の先生、アラサーだった鍼灸師の先生(当時柔整の1年でした)、たまに住之江から応援に来る鍼灸の先生(この方はすぐにこの業界に合っていないと言う事で辞められました)と柔整の学生さんで廻していました。

本当に安い給与からのスタートでしたが、勤務してすぐに実費を取れるようにしたいとオーナーに話し、温灸マッサージをしたいと提案し始めました。

場所柄もあるのか、これが結構売り上げとして取れた事で給料は早めに上がりました。

ここはある程度施術者を重視するところで自分で考えて手技させてくれるところでした。

初めは膝が痛いと言う患者さんに対してどう言うアプローチをしたら良いのか解りませんでしたが、ヒントだけ先輩から教えてもらい、後は患者さんの声を汲み取って手技したり鍼をして臨床を積ませてもらいました。

おかげで四十肩、膝痛、坐骨神経痛などの症状に強くなりました。

そうそう50代の堅物の柔整の先生があまりにも他のメンバーと歩み寄らなかった為、新たに柔整の先生が来られました。

Y先生と言う30手前の先生でしたが、結局この先生でやっていく事になり堅物の先生はすぐに辞めていかれました。

実はこのY先生が本当に協調性のない先生で、その後色々振り回される事になるんです。

そして新体制を安定させようと新しいスタッフを入れる事になり、入って来たのがN先生でした。

元プロレスラーで3年間一日100人オーバーの来院がある整骨院で働いていた柔整の1年の先生でした。

学生とは言え、色んな手技を覚え副院長としてやっていたN先生は新しい風を運んではくれたのですが、協調性の無いY先生と喧嘩してしまい一緒に仕事が出来ない状態にまでなってしまいました。

その結果そのとばっちりを受け、私もN先生と共に住之江に異動する事になったのです。

1年半弱お世話になった高石を離れ住之江に異動する事になりました。

書き忘れましたが、もう一度国家試験を受けてはり師は合格しましたが、きゅう師は1点足らずに不合格でした。

その後、きゅう師も取ろうかと思ったのですが、先生同士のいざこざで勉強する時間が無くなったのと、その後灸の資格の必要性をあまり感じなくなった為、はりのみでやっています。

次に続きます